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「元気をだして」は生きる気力を奪う言葉 生命力が低下してしまった人

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目的がないから心は空虚

うつ病者の感情として、よく言われるのが「立ち上がれない」です。

自分の人生の目的が無くて、周りから振り回されて生きてきた人がこうなります。

自分の人生の目的があって頑張ってきたなら、失敗しても「立ち上がれない」という気持ちにはなりません。たとえ失敗しても、自分の人生を生きたという充足感はあるはずです。

うつ病になるような人は、長いこと頑張って生きてきたが、振り返ってみれば自分の心の中は空っぽなのです。そこには達成感も、満足感も、連帯感もない。まさに空虚そのものです。

自分自身の目的を持った場合には、それが手に入っても入らなくてもうつになる可能性は低いのではないでしょうか。そこには努力したあとの心の満足感があります。

うつ病者は、自分の心の葛藤で精一杯であるから、他人への思いやりなどは無くなります。

「元気をだして」は生きる気力を奪う言葉

うつ病を生命力の低下と理解できないと、うつ病者に接する態度を間違えます。

罪責感に苦しみ、生命力の低下した人に「元気をだして」というような種の言葉はきつい。

いよいよ生きる気力を失わせる。生命力が低下しているから、何かを要求されることが辛いのです。

もう長らく、「元気をださなければ」と義務感で「元気」を装ってきた。そうして気を張っているのが限界になったのです。

気を張って生きることに疲れ果ててしまった。もう消耗し尽している。

生きるエネルギーはもう枯渇しているのです。

生命力の低下した人には、生命力の高揚した人の生活様式や価値観や言動はきついのです。

だから、生命力の強い人の善意の言動が、いよいよ生命力の低下した人を追い込んでしまう。

生命力が低下してしまった人は、あまりに多くの悲しみや苦しみを心の底に堆積し続けてきました。

孤独や不安や、息詰まる緊張に耐えた長年の疲労が、頂点に達しているのです。

幸せを感じる能力はすでに麻痺している。もう何を言われても動けない。長いトンネルの先に明かりは見えないのです。

うつ病者が、何かを今できないのは、基本的に生命力が萎えているからです。

そのままにしていれば死んでしまうという時に、生命力の豊かな人は逃げる。生き延びようとします。

しかし、生命力の低下した人は逃げない。もう逃げる気力が無いのです。

なぜ、そこまで生命力が衰えてしまうのでしょうか。それは、あまりにも能力オーバーのストレスにさらされ続けて生きてきたからではないでしょうか。

生きていることに疲れた人は、「具体的な困難で疲れたのか」「本性を否定されて疲れたのか」「現実を受け入れられないから頑張りすぎたのか」を今一度反省する必要があります。

もし「現実を受け入れられないから頑張りすぎた」のなら、生きることに疲れたこの機会に反省し、自分の限界を受け入れることです。

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